最近の私は暇があれば、本ばかり読んでいる。
1冊の本を読み終えるのは寂しいから、気に入った本は、途中くらいからスピードを落として、もったいぶって読んでいる。
だから読みかけの本がたくさんになってしまった。
枕元に読みかけの本を積み上げてみた。
なんとも贅沢な秋の夜である。
10/14
田舎暮らしはよいのだけれど、どうも車に頼ってしまってぶらぶら歩くことが減った。買い物に行くのも、仕事にいくのもいつも車。
休みの日に遊びにいくのも車。
だから、町をぶらぶらしてて、のどが乾いたからといって
居酒屋ののれんをくぐって「ビールお願いしま〜す」なんて楽しみはない。
以前だ〜りんと二人で近所の小さな道を片っ端から歩いてみたことがあった。
もしかしたら、路地を入ったところに気の利いた小料理店でもあるかもしれないね、なんて期待しながら。
ところが、どの路地を入っていってもつきあたりは田畑ばかり。
仕方ないのよね、一面田畑の土地に国道を通して、その国道沿いに家が建っているわけだから、どの路地も田畑に続いて当たり前。
季節季節で、小さな発見はある。
こんな花があるんだ〜、とか。今日の雲には手が届きそうだね、とか。
でも本当は、美味しい蕎麦屋とか、出前してくれる中華屋とか、小さくてもお洒落なパスタ屋とか、そういう発見が欲しい〜。
あぁ、なんだかここまで書いて、つくづくいやしい私だこと。
お腹がすいてしまいました。
10/9
別れた男とその後会えるかどうか、という点については
私の場合はNOで、それはとても残念な事だと思う。
昔の恋人と仲良くしている人を見ると羨ましいけれど、それができる人と私とでは、何が違うというのだろう。
別れ方、なのかな。
どちらからさよならを言い出すにしても、別れは悲しいものだから、
私はとことん、その別れの痛みを体に刻み込んでしまうようなところがある。
悲しみを通り越して、それがある種の憎しみに変わるまで自分を追いつめてしまう。
そして、最後には「こんな男のことなんて」としてしまう。
そこまで消化できれば、その恋も過去のものとなって、乗り越えられるのだ。
だから昔好きだった人は、「こんな男」にされて、私の中から追い出されてしまって、二度と仲良くできることはないのだ。
そんな私にも、たった一人だけ、
もう一度会えたらいいなぁ、なんて密かに思っている人がいる。
私がまだ学生だった頃の、むかしむかしの恋人。
今はどこでどんな風に暮らしているのかわからないけれど、
どうして、あの時の私が、自分の中からその人の事を追い出してしまわなかったのか自分でもわかならい。
好きだったまま別れて、お互いに次の恋に忙しくて嫌いになる暇がなかった。
また会えたら楽しいだろうなぁと思うけれど、会わない方がいいのかもしれない。
嫌いにならずに別れた、たった一人の恋人だから。
10/5
立て続けに来た台風のせいなのか、庭の桜の木にひとつ、ふたつと花が咲いた。
狂い咲きって、なんとなく可愛そう。
これから寒くなるというのに、春と間違うなんて。
私だったら、春じゃなかった事がわかったら、相当がっかりしちゃうだろうなぁ。
今日は久しぶりにお風呂の中で本を読んだ。
お湯がだんだんとぬるくなって、あわててあがる。
狭いお風呂だけれど、四角い箱の中でぬくぬくと、誰にも邪魔されずに本を読むというのは幸せ。
今度、もしもお風呂をつくることがあったら、(立て替えとかリフォームとか)
お風呂に大きな窓が欲しい。庭に面した窓。
窓の近くには木を植えて、ゆらゆらと湯面に木の葉や、木漏れ日をうつして遊びたい。枝の間から月明かりが漏れてくるかもしれない。
窓はサッシではなくて木がいいなぁ。
冬に少しくらいすきま風が入ってこようとも、木の窓がいいなぁ、って思う。
だ〜りんに言ったら、きっと木はかびる、とか痩せる、とか反対されそうだけど
それでも我が儘言いたいなぁ、なんて思う。
予定さえもない、ちょっと現実的ではないお風呂改造計画。
10/4
大好きな友達と食事にでかけて、昔話なんかしながらお酒を飲んで
若かった頃を懐かしみながらも、おいしいお酒が飲める今の私たちも
なかなかいいものじゃない、なんて言い合って笑った。
楽しかった。
それぞれが抱えている日常から、ほんのちょっとだけ逃避して
甘口、辛口な話をたくさんして、
それぞれに元気をあげたり、もらったり。
そして、歳を重ねた分だけ私たちのその「元気」は、昔のそれとはちがって
なんだかとても濃厚な感じがする。
パワーアップしてしまいました。
そうそう、10月はじめの3枚の写真。