新年早々、一通のメールが届いた。 「悲しい色」というタイトルだった。いつも親しくしていただいているWEB仲間の一人からだった。新年の挨拶の後にこうあった。 「最近あなたが悲しい色につつまれているような気がしてならない。 そんな中で他の人に優しい言葉を送るのはつらくないですか? そんなに優しい人でいなければならないのですか?」 私のホームページでの日記やその他の文章を読んでくださっての感想だったのだろう。特に悲しい事や弱音を並べたわけではない。それでも私の心は文章に表れてしまったようだ。 文章を書くときに、いつも思うのは、その文章を読んでくれるその向こう側の人の心の事だ。こんな事を書いたら気持ちが沈まないだろうか、傷つく人はいないだろうか、気を悪くする人はいないだろうか・・・。だから、最近は辛い事があっても、それを正直に書けなかった。 でも嘘はばれてしまう。書かない嘘はなおさらだ。気持ちを箱の中に押し込んで、蓋をしたつもりでいたのは自分だけで、私のまわりの人はそんな私の心をちゃんと見抜いている。 いつも暗い気持ちでいたくない。いつも憂鬱な毎日なんて送りたくない。そう思うからこそ、痩せ我慢して平気なふりをしてしまう。誰かにエールを送りながら、実は自分自身を元気づけようとしている。 あなたの言う通りでした。 確かに私は最近悲しい色に包まれていました。 自分を表現する時に、書かない嘘も含めた「嘘」を書いてしまうと、文章はその表情を失う。色や温度を失う。多くの人の文章に触れてそう思う。その内容が暗くとも、悲しくとも、切なくとも、それがノンフィクションである限り、その文章は人の心を打つことができる。これからは、もう少し心を自由にして、思うままに書いてみようかな。今年の一番最初にもらったそのメールを読んで、そんな風に思った。 メールは優しい言葉で締めくくられていた。 「私の悪い癖ですね。そういいながら余計に暗い気持ちにさせるような文章で、やさしさを求めているのだから。」 私が、書く事を決して諦めないようにと、その方の心遣いを感じて嬉しかった。凄く凄く嬉しかった。 今年は正直な気持ちで、嘘のない文章を、私のために書いていきたい。 そんな私を今年もどうぞよろしくお願いします。 |