暑い夏の午後だったと思う。英語の授業を終えてハウスに戻ってみると階段にジャンが腰掛けてぼんやりとしていた。私を見つけると、あれよあれよという間に涙目になりジャンの顔を涙がぽろぽろ伝いはじめた。 「私もう駄目かもシレナイデス」 「どうしたの?」 「彼が友だちに戻ろう、とイッタヨ」 ・・うわぁ〜やばい、この台詞嫌い。 「何故?」 「彼の家の人が反対シテイマス」 「そんなの2人で気にしないでやっていくって言ってたじゃない。」 「YES。でも、最近彼の態度がヘンデス。私を避けてイマス。」 20代に入ったばかりの私だったから、ジャンは私から見ればすごいオバちゃまであった。そんな年上の女性が、空を見上げて、はぁ〜なんてため息をつくほどに恋ができるなんて若くて青い私には理解できないことであった。 ジャンは日本に来て、日本人と結婚して離婚した。離婚した後も元の御主人とはとても良い関係らしく、誕生日には数えきれないくらいの薔薇の花束が届いたりしていた。ただ、今のジャンには離婚した彼より恋をしている今の彼の方が数倍も素敵だったのだろう。でも、まだ大学生の若い彼は育ちの良いおぼっちゃまで、私に言わせれば「自分の意志でジャンを選べないようなそんな男はさっさとポイしてしまえぇ〜〜」ってとこだったが、そんな事はとても言えなかった。 バスルームからジャンの声がする。 「ひーさま、イラッシャイマスカ?」 いつかしらジャンは甘えたい時や頼みごとがある時私を「ひーさま」と呼ぶようになっていたのだ。 バスルームのドアがギィ〜ッと開く。湯気で真っ白になった浴室に、お湯につかって頬をピンクに染めたジャンの白い肌が浮かびあがる。背の高いジャンが狭い狭い浴槽に体を折り曲げるようにしてつかっている。だんだんと湯気が消えてジャンの表情がやっと見えてきた。また、涙だ。目が腫れてるよ〜まったく。 「私もう駄目がもシレナイデス」 気のきいた言葉も見つからず、ジャンが好んで飲んでいたぽんジュースをグラスに入れて黙って渡した。 「日本のオレンジジュースは日本のオレンジの味ネ。このぽんジュースだけはアメリカのオレンジの味ね。」 寂しい時にはやはり故郷が恋しくなるというのは誰でも同じなのねぇ。しばらくの間2人とも黙ったままで、日が暮れていくのを小さな浴室の窓から眺めていた。 それでも私は、もしかするとそんな2人もまたこれまでと同じ笑顔で私の前にらぶらぶで登場するのだろう、と楽観視していた。だっていつも2人は一緒だったし、ジャンの部屋を訪ねると、ジャンの膝に彼がだっこされていたり(彼の方が背が低いので、そうなっちゃうのかな〜)ベットでいちゃいちゃしていたりで目のやり場に困るくらいの熱々ぶりだったのだ。お願いだかららぶらぶしている時は私がノックしても「カモ〜ン」なんて言わないで欲しいよ、まったく。 そんな2人が、ある日突然に壊れてしまうなんて・・・。 しばらくの間、2階の階段脇の黒電話の前で、彼からの電話を待ちつづけるジャンだったが、それっきり電話が鳴る事はなかった。重い空気がハウス中に流れていた。 それから1ヶ月くらいたった頃だったかな...ジャンがニコニコして私の部屋を訪ねてきたのは。 「ひ〜さま。ちょっと紹介したいヒトイル。部屋にキテ!」 なんだ?なんだ?やけに明るい声だぞ。彼が戻ってきたのかな〜、なんて少しドキドキしながらジャンの部屋を訪ねた。ジャンの横にはなんと見たことのない新しい日本人青年。それもナイスガイ。そしてvery ヤング。おまけに医大生。やったね! でもさぁ...ジャン。その歳で、そのデカイ体で、その曲がり切ったお肌で、一体どうやってくどいたの? ハート型の目で彼をうっとりと眺めているジャンにそんな事を聞けるはずもなく、ただただ呆れるだけの若き管理人であった。 (つづく....) |