| 何年か前に実家に帰った時、裏庭の古い大きな木の下に立ち、ふと空 を見上げた。その瞬間なんともいえない懐かしい気持ちに襲われた。実 家は何度も引っ越しをくり返しているから、この家は私の育った家では ない。だからこの場所に何かの思い出があるわけでもないはずだ。 それなのに、ただ懐かしかった。 その木の枝も、その枝の間から見えた空も懐かしかった。 子供の頃に確かに見上げた空だ。 私が空を見上げて、それを言葉として書きとめるようになったのはそ の事があってからだ。「あの日見上げた空に」という私のホームページ のタイトルも、実はそこからきている。 忘れていたことを思い出す事がある。楽しい事ばかりでないにしても、 それは素敵な事だと思う。繰り返して、その時間をもう一度体験できる。 歳を重ねていくにつれ、中には消してしまいたいような事もある。けれ どもそれ以上に素敵な事だってたくさんあったはず。そこの部分に自分 の神経を集中させてみると、時々驚くほどの昔の記憶が蘇ってきて驚く。 そして私の場合、その大部分は自分の幼少時代の思い出だ。 思い出の中では、父も母も若く元気だし、祖母の優しい笑顔もそのまま である。そしてそこにいる私はとても安心して幸福で、そして笑顔だ。 今のこの瞬間だけが本当で、昨日や1年前や10年前の時間をただの 「過去」と言ってしまえるものだろうか。時間と時間の間を行き来する ことが可能だという説がある。私はそれを信じている。 もしかしたらどこかに、今私が懐かしんでいるその「瞬間」が存在し ているのかもしれない。こちらの私と向こうの私は、姿や形は違っても 同じ心の色のはずだ。そのあちこちの私が、その場その場でこの青い空 を見上げて何かを懐かしがっている。もしかするとそれはお互いの「私」 自身なのかもしれない。 空を見上げて思うのは、いつもそんな事である。 空に自分を映して、今の自分を確かめてみる。 |